[第7回]今、日本のウイスキーは“ハイボールの材料”として売れている!? 昨年一番売れた銘柄は、やはり・・・?外国産ウイスキートップ3は?

 「若者の酒離れ」と言われて久しいが、今日はそこを深掘りする気はない。今日の『日経POSランキング』のテーマは「ウイスキー」である。
日本のウイスキー市場は、今、とても元気がいい。なぜか。それは若者を中心に「ハイボール人気」が復活したからだ。それもサントリーの巧みなマーケティング戦略に思いっきり乗せられてである。このあたりの経緯も、すでに多くが語られているので、今日はそこに軽く触れながら、最後は少し角度の違う落としどころに持ち込みたいと思う。

2009年にテレビ放映が開始された「角ハイボール」のCM。女優・小雪を起用しハイボールブームに火をつけた。

 上の写真は、2009年に放映が始まったサントリーのCMである。女優の小雪がバーのママに扮して、若いサラリーマンたちにハイボールを差し出すという、お馴染みのシリーズだ。映像と一緒に流れていた「♪ウイスキーがお好きでしょ?♪」という歌も覚えている人は多いことだろう。

 このCMと前後して始められた、『サントリー 角瓶』をハイボールで飲む『角ハイボール』のプロモーション、さらに全国で『角ハイボール』が飲める居酒屋やバー、レストランを急激に増やすなど、一連のサントリーのセールスプロモーションにより、日本のウイスキー市場の様相は一変したと言っても過言ではない。

スーパーでの商品の減り方を見ていると、『サントリー 角瓶』がよく売れていることは一目瞭然である。

ウイスキーではなく、ハイボールを飲んでいるだけ?!

 国税庁が公表している「酒類課税数量(令和2年3月)」を見ると、日本のウイスキー市場は、約30年前の1983年の38万1000KLをピークに、どんどん減少し続け、2008年にはピーク時の約5分の1の7万4000KLまで落ち込んでいた。ところがこのサントリーのハイボール・プロモーションが始まった2008年から一気にV字回復を見せ、2018年には18万3000KLまで復活しているのである。

 このハイボールブームの前、日本ではチューハイブームが続いていた。チューハイは焼酎版のハイボールなわけで、そういう意味では、お酒の種類が変わっただけで、相変わらずソーダ割りブームが続いているわけだが、その背景には「若者の酒離れ」も関係している。というのも、例えば、厚生労働省が公表している「令和元年国民健康・栄養調査報告」の中の「生活習慣調査の結果」を見ると、酒離れしている若者の輪郭が見えてくるからだ。

 細かな内容は、上記リンクからじっくりと見てもらいたいが、要するに、今の若者(特に20代に顕著)は、「お酒は飲めるのに飲まない」し、「飲む頻度も少なく」、「1回に飲む分量も少ない」のである。今年成人した記者の息子やその友人たちを見ても、彼らは酒は飲めるが、ことさら飲むことに興味もなく、健康とか、人間関係とかには意識があり、旧態依然の“ノミニケーション”は嫌い、無理せず、自分の飲める範囲でスマートに自然体でアルコールを摂取するのである。こうした若者たちは、世界的には「ソウバー・キュアリアス(sober curious)」と呼ばれ、酒に“酔う”ことに執着しないのである。ちなみにsoberとは「素面(しらふ)」、curiousとは「好奇心・興味がある」という意味で、つまりは「素面でいたい人たち」を表す言葉である。

『アサヒ ニッカブラック クリア』のサイト。好きに飲むのが、いちばん楽しい。と言いつつ、ブランドサイトでは、しっかり若者とハイボールの飲み方をアピールしている。

 こうした「あくまで自分のペースで、軽く、安く、オシャレに飲む」という若者たちの飲み方に、サントリーのハイボール・キャンペーンはバッチリとハマったのだ。氷と炭酸水をたっぷりと注ぐハイボールは、軽くて飲みやすい。しかも同じハイボールでも、明らかにチューハイよりは、オシャレ感があり、しかも樽の香りがする琥珀色の液体は、今までに無い新鮮な魅力に映ったに違いない。「ウイスキーは、強いお酒で初心者には飲みにくい」という固定観念は、実はお酒好きの作った妄想で、本当は、ウイスキーというお酒は、苦いビールや、渋いワインよりも、香りが良く、少し甘みもあってずっと飲みやすいのである。

 若者を中心にしたハイボールブームに触れてきたが、ハイボールは実は年配にも人気があるところが、このブームの強さの秘密でもあると記者は感じている。というのも、ハイボール、すなわちウイスキーのソーダ割りという飲み方は、1970年代頃までは普通に流行っていたのだ。正統派のハイボールだけでなく、コーラで割ってコークハイだの、お酒にバーボンを使ってバーボン・ソーダだのと、記者も学生時代にはよく飲んだものだった。つまり、今のハイボールブームは、若者には新鮮な魅力を放つと同時に、年配者にとっては懐かしさに浸れる飲み方でもあるわけだ。

歴史あるウイスキー『サントリー トリス クラシック』も、若い人向けのハイボールCMで好調に売れている。

 このようなわけで、飲み屋に行けば老いも若きも、いまや“とりあえず”はビールではなく、ハイボールに様変わりしたし、ステイホームで増えた家飲みもハイボール派が多く、まさに“猫も杓子もハイボール”という時流に乗り、ウイスキーは“ハイボールの材料”として好調に売れているというのが、今の日本のウイスキー市場なのである。少なくとも若い人には、ウイスキーを飲んでいるという意識はなく、あくまでハイボールを飲んでいると感じているだけなのだと思われる。

 さて、前置きが長くなったが、こうした現状をふまえて、『日経POS EYES』のデータを見ると、非常に興味深いことが見えてくる。

(表1)

 上の表1は、『日経POS EYES』を使い、「ウイスキー・ブランデー類」という商品分類で、日経が独自収集した全国約460店のスーパーからの昨年1年間のPOSデータをソートし、その販売金額により、トップ15をランキングしたものである。

 まず見て気がつくことはサントリーが多いこと。トップ15のうち9個がサントリーなのである。うち4個は、『サントリー 角瓶』のサイズ違いである。しかも本当はサントリー商品は9個ではなく、事実上11個なのである。なぜなら、13位の『バランタイン ファイネスト』は輸入物のスコッチウイスキーだが、販売元はサントリースピリッツ(株)であり、15位の『メーカーズマーク レッドトップ』はバーボンウイスキーだが、これはサントリーが買収した米ビーム社のブランドであるため、いまやサントリーの1つのブランドだからである(ビーム社の買収については後述)。これらサントリーの銘柄以外には、アサヒグループとなった『アサヒ ニッカ ブラックニッカ クリア』のサイズ違いの3種類と、キリンビールが販売元となっているスコッチウイスキー『キリン ホワイトホース ファインオールド』だけがランクインしている。

“ハイボール材料”だから、4Lペットボトルも売れる!

 ここで、もう少し詳しくこのランキングを見ていくと、この上位陣はほとんどハイボールブームに乗っかって売れているということがよくわかる。まず1, 4, 5, 10位を占める『サントリー 角瓶』のサイズ違い4種。これは現在のハイボールブームを生み出した張本人。つまり“ハイボールの材料”そのものである。材料なのだから、見栄えなど気にせず大容量のペットボトルに入れて単価を下げて売る。スーパーに行くと4Lのペットボトル入りの巨大『サントリー 角瓶』がバカバカと売れている。こうなると、もう「美味いウイスキーを味わう」といった趣きなどどこにもない。単なる材料なのだから、きっとあれでいいと割り切っているのだろう。

巨大な4L入りのペットボトルでウイスキーが売れる時代。一昔前には見なかった光景だ。

 ところで『サントリー 角瓶』が大ブームとなっために、サントリーは原酒不足の事態に陥った。ウイスキーは樽での熟成に通常10年以上の長い年月がかかるため、それをブレンドして作る『サントリー 角瓶』が爆発的に売れると、原酒が足りなくなるのである。そこでおそらくサントリーはブレンドの違う『サントリー トリス クラシック』を『角瓶』の“代役”に仕立て、こちらも4L入りと1.8L入りの大きなボトルと700ML入りの3種類をランクインさせている。

 さらに2014年、アメリカのバーボンウイスキーメーカー・ビーム社を買収し、その主力商品であるバーボンウイスキー『サントリー ジムビーム』を、“ハイボールの材料”として大々的に売り出したのである。もちろん原酒不足解消のための買収劇ではないだろうが、『ジムビーム』が、『サントリー 角瓶』の原酒不足解消に一役買ったことは間違いないだろう。タレントのローラを起用して、『ジムビーム』=“ハイボールの材料”という印象を見事に定着させてしまったのである。

 もともとバーボンウイスキーは、スコッチ系のウイスキーに比べ甘い香りが際立つため、ソーダ割りとはとても相性がいい。その味わいと比較的安い価格が相まって『サントリー ジムビーム』は6位に700ML入りがランクインし、さらに1L瓶、2.7Lペットボトル入りが、26位、27位にそれぞれランクインしている。加えて4L入りも売られており、世界No.1バーボン(2019年販売数量:IMPACT NEWSLETTER March 1&15 2020号より)は、日本ではすっかり“ハイボールの材料”にされてしまったのだ。

 これはバーボン好きの記者にとっては、どこか寂しい出来事でもある。同じくサントリーブランドとなった15位の『メーカーズマーク』は、記者が最も好きなバーボンの1つなので、何とか“ハイボールの材料”としての売り方はしないでもらいたいと願っている。価格帯もジムビームとはかなり違うので、おそらく大丈夫だろうとは思っているが・・・。

 サイズ違いで2位、11位にランクインした『アサヒ ニッカ ブラックニッカ クリア』は、700ML入りが2位、2.7L入りが11位である。ニッカのウイスキーは、ハイボール人気に便乗したことと、NHK連続テレビ小説「マッサン」の追い風を受けて売れている。特にこの『アサヒ ニッカ ブラックニッカ クリア』は、価格がトップ15で最も安いことも、若者には受け入れられているのだろうと思われる。

『ホワイトホース』も、思いっきりハイボールでの飲み方をアピール。こうなると「ハイボールじゃなきゃウイスキーじゃない」といった風情を感じる。

『バランタイン』のブランドサイトにも、控えめながらハイボールのドリンクスタイルが掲載されている。

これが日本で売れてる外国産ウイスキーのトップ3だ!

 さてバーボンウイスキーの『ジムビーム』がサントリーのブランドとして、すっかりハイボールの材料として定着したと先ほど書いたが、他にランクインしている2つの輸入ウイスキー『ホワイトホース』と『バランタイン』も、そのホームページを見ると、ハイボールブームに便乗しようしていることがよくわかる(上写真)。

 しかもどちらも、輸入ウイスキーとしては価格がリーズナブル。口当たりもスコッチウイスキーとしては癖のない、まろやかなウイスキーなので、“ハイボールの材料”としては合っているのである。もちろん、輸入ウイスキーなので、これらは国産ウイスキーのような4Lペットボトルに入れての下品な売り方はされないが、実際、これらの輸入ウイスキーも、おそらくハイボールで飲む人が多いのではないだろうか。

 正確には『ジムビーム』は輸入ウイスキーではなくなったが、原産地がアメリカなので、“外国産”のウイスキーとして捉えると、今回のランキングで、外国産ウイスキーのトップ3は、

1位 サントリー ジムビーム 瓶 700ML

2位 キリン ホワイトホース ファインオールド 瓶 700ML

3位 IWAJ バランタイン ファイネスト 瓶700ML

ということになる(下写真)。

外国産のウイスキー、トップ3。左から、1位、2位、3位の順である。

 今回は、ウイスキーのランキングを見ながら、記事中で「ハイボールの材料」という言葉を意識的に多く使ってきた。それは、今の日本でウイスキーが売れているのは、あくまでも「ハイボールの材料」として売れているだけのことだと記者は感じているからだ。つまり、あくまでも飲み方としてのハイボールがブームなのであって、ウイスキーが人気になっているとは思えないのである。

 とはいえ、ワインのように渋くなく、ビールのように苦くないウイスキーは、酒離れしている若者たちの“軽い飲み方”には、実は合っているように見えるのも事実。だとすれば、それぞれのウイスキーの特長に応じた、新しい飲み方の提案を打ち出せば、ウイスキーはもっともっと若者たちに飲まれる可能性があるだろう。そのとき、新しい飲み方のアイデアは、決して“酒好きのオヤジ”たちの頭からは生まれ得ないものだと思う。今後のウイスキー市場には注目していきたい。(写真・文/渡辺 穣)

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渡辺 穣

複数の雑誌のデスク・編集長等を経てフリーライター/エディター。主にビジネス/経済系の著書・記事多数。一橋大学法学部卒。八ヶ岳山麓に移住して20年以上。趣味は、スキー、ゴルフ、ピアノ、焚き火、ドライブ。山と海と酒とモーツァルトを愛する。札幌生まれ。

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